縹藍紺 JAPAN BLUE 展覧会のお知らせ

105()−1020() 3年ぶりに展覧会を開催します。

 

縹藍紺JAPAN BLUE 2018

第9回森くみ子展ー深遠なる蒼い時間ー  

11:00-19:00 (土曜・10/8祝は18:00) 日曜休廊

 

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ギャラリー新居東京 

104-0061 東京都中央区銀座1-13-4銀座片桐ビルⅢ5F

Tel: 03-6228-7872 Fax: 03-6228-7873

    URL:http://www.gallery-nii.com

 

阿波藍を調べはじめて40年。ようやく1冊の本が出来ました。

これまで阿波藍のことを長く調べてきましたが、それは日本の藍の歴史でもあります。日本列島に存続し続けた藍の物語を掘り起し、残すべき情報を考察する作業でした。私が集めてきた資料の纏め集ですので厳密性に不安はありますが、興味を持って読んでくださった方に十分な検証をしていただきたいと希っています。多くの人たちとこれからの藍の定義を共有したいと思います。今回の展覧会は、この『阿波藍のはなし』の発表も兼ねております。

是非ご高覧ください。皆様のご意見をお聞かせ頂けましたら幸いです。

 

 


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HANADA倶楽部ー徳島市眉山の麓にある藍染工房です

藍 と人との関わりが始った古い時代から現在までの情報を整理、発信します。

HANADA倶楽部は徳島市内の東西に細長く山裾を広げた「眉山」の麓にあります。

 

吉野川の河口に位置するこの辺りは古代では海の中です。

小島であった「眉山」は聖なる山とされ、一切の民を住まわすことが禁じられていました。

標高290mの山頂に続く登り口には必ず神社寺院があり、その境内から登るように登山道がつくられていました。

名前の由来は、天平6年(734)3月、聖武天皇の難波行幸に従駕したときの歌として、「眉(まゆ)のごと雲居に見ゆる阿波の山かけて榜ぐ舟泊(とまり)知らずも」船王:ふねのおおきみ 万葉集に詠まれています。

何時のころから「眉山」と呼ばれるようになったのか分りませんが、古くは風光明媚な吉野川の三角洲が、中国の渭水(黄河最大の支流)に似ていることから、渭津、渭山(いのやま)と呼ばれていました。室町時代に室町幕府の管領、細川頼之が渭津城(徳島城)を築きました。

 

 

眉山山頂からは徳島平野を一望でき、天気のよい日には淡路島や対岸の紀伊半島まで見ることができます。

 

1992年に設立しましたが、展覧会中心の活動でした。これからは藍講座を開催したり、オープンアトリエを設けるなどの活動も考えています。アトリエでの藍の仕事にほとんどの時間をとられていますが、ご要望などありましたら連絡下さい。

 


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