藍でつくられた色ー③ 二藍

安時代から文学作品などで「二藍」の名称が見られます。藍と紅花の交染によるにぶい青味の紫、深•浅の二段階に分けられ染色しました。というのが基本で藍と紅花の割合は若年ほど藍は淡く、二藍の色は使用者の年齢によって各種あります。青藍と紅藍の二種の染料で染める技法から「二藍」と呼ばれたといわれ、色調から夏の直衣(貴族の平常の服)や袿、汗衫に使用することが多かったようです。

 

二藍の色には染め色と、経が紅、緯を藍で織り出した織り色、表二藍•裏白,表裏共に二藍などの重ね色があり各種の装束抄にきまりが記されています。唐から影響された奈良時代の装束から、風土にあった装いに変わってきたことで、この時代から二種の染料の交染による中間色相が好まれました。同じように染めた紫苑色、桔梗色もこの時代の貴族に好まれた色です。藤色は江戸時代になっての使用のようですが、平安時代の重ね色には見られます。表淡紫•裏青など数説ありますがこの時は紫根で染めたようです。

時代が経って江戸時代でも依然紫は禁色でしたので、江戸の藤色は「あゐふぢ、紅ぶじの二種あり、古名うすいろといふ」とあり、藍と紅花を用いて染めたと書かれています。一方一般には蘇芳を用いるとも書かれていて、庶民の多くは高級な染料でなく蘇芳や茜で媒染剤の酢や明礬、たばこなどを用い創案して洒落心を満たしていたようです。

京紫と江戸紫は高嶺の花で、相変わらず富と高位の象徴でした。禁止令を撥ねつけるような富裕層が現れても、庶民の多くは高級な染色に手が出ない時代です。

 

 

二藍や藤色と同じ染め方で、江戸中•後期になると「紅掛花色」「紅掛空色」「紅掛納戸」などの色名も見られます。『手鑑模様節用』の色譜に「紅かけ花いろ。古、薄ふたあい」と記されているように、平安時代の貴族に愛用された染め色が再び江戸町人のあいだで受け継ぎ、藤色流行が時代の雰囲気と気分で下染めの花色•空色に濃淡の紅を掛け、青紫系統の流行色をつくり出していた心意気は頼もしく思います。

 

参考:「日本の伝統色」長崎盛輝 京都書院