後藤捷一 三木文庫設立に尽力

格的に藍関係の書物を読みはじめた頃、徳島の染工場で後藤捷一氏のことを教えていただきました。いまでも必ず読み返すほど確かな内容で、藍の研究の中心に在るべき人なのにあまり知られずにいます。私ごときが紹介するのはおこがましいのですが、語らせてください。

 

明治25年(1892)徳島市国府町の藩政時代から続く藍師の家で生まれました。後藤家は組頭庄屋を勤めた旧家で、後藤家文書は組頭庄屋関係史料を中心に経営史•農政史•藩制史•商業史•文化史と多様な内容で村落史研究に活用されています。戸谷敏之『近世農業経営史論』(日本評論社 1949)の中で阿波と摂津の農業が特殊な経営であると、後藤家文書の経営史料を使い論証しています。

 

徳島工業学校染織科卒業後、大阪で社団法人染料協会書記長を勤め内外染料の研究や『染織』の編集、近畿民俗学会にも参加し、藍の民俗的研究も始めていました。戦争によって染料会館が爆撃され、昭和19年染料会社・三木産業に勤務、退職後は民俗学研究家の渋沢敬三のすすめで徳島の三木家の古文書、藍関係資料の整理を行い三木文庫設立に尽力しました。

 

三木文庫は全部が祖先以来歴代の事業からの史料なので、門外不出として公開されていなかった史料でした。昭和29年(1954)当主の決断で創業280年記念事業として開館しました。阿波藍関係文書2,000点、藍関係緒用具類150点、藍染布類200点、天然色素とその標本の染布類300点、一般庶民資料12,000点が展示されています。他にも阿波の桍布(あらたえ•太布)、和三盆糖、人形芝居の関係資料、その内容は木綿普及以前の織布や機具類、和三盆糖製造用具類一切を収め、県、国の重要民俗資料に指定されています。

 

後藤捷一氏の自宅「凌霄文庫」の蔵書は阿波に関する地方資料・国文学関係資料・染織関係の文献のコレクションが集められていました。晩年はおよそ70年にわたって集めた資料や文献を整理して、室町期以降大正末期までの日本の染織に関する文献、染織関係漢籍の翻刻書、染織見本帳、錦絵など671点からなる目録と解題『日本染織文献総覧』をまとめました。『阿波藍譜』全6冊 三木文庫『染料植物譜』(1937)はくおう社『絵具染料商工史』(1938)『江戸時代染織技術に関する文献解題』日本植物染研究所1940.1『日本染織譜』(1964)東峰出版『古書に見る近世日本の染織』(1963)大阪史談会『日本染織文献総覧』染織と生活者(1980)などの著作は約100点に及びます。

 

なによりも尊敬することは、博識と多方面にわたる教養を併せ持った後藤捷一氏が『あるくみるきく』近畿日本ツーリスト 1976.11の特集の中で、藍染に関わる誰よりも正確に藍の醗酵建を記され、青の生まれるメカニズム―醗酵によって生じる化学変化の様子を独自の説明で教えてくれたことです。